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飛騨高山本陣平野屋 ブログ「飛騨高山から」

 平成10年秋 ―

私流、秋の楽しみ方  飛騨びとたちからの便り@  飛騨びとたちからの便りA

私流、秋の楽しみ方

 秋といえば、紅葉です。今回は、私流の秋の楽しみ方をご紹介いたします。尚、紅葉スポットについては、年によって当たり外れがありますので、平にご容赦を……もしどうしても見たいと言う方は、女将あてに電話を下さい。お調べして見頃時をご案内いたします。

<せせらぎ街道>
  高山から国道一五八号線にのって、清見村から郡上八幡方面に入ると、通称「せせらぎ街道」です。道路のすぐ側を流れる川上川(途中 西ウレ峠が分水嶺になっていて、南は馬瀬川となる。)の、せせらぎが聞こえるから、その名がつきました。樹木が優しいこの風景に、ちょっと止まってみたくなります。そこかしこに、パーキングエリアがありますから、ちょっと一服して、深呼吸をしたら幸せ気分を味わえます。お目当ての紅葉シーズンは十月半ばより十一月初旬です。

〜フロントマンのお勧め錦織風景 その一〜
  せせらぎ街道を郡上方面に車を走らせます。西ウレ峠を下ると、平坦な直線道路になります。そのあたりを「楢谷」といいます。楢谷の直線を抜け大原までの約九キロ、このあたりは広葉樹が多いので、紅葉の時期はとても美しく、最高です。ただし、カーブが多いので、景色にみとれていると危ないです。

“ちょっと寄り道”
 楢谷のちょうど中間位に「木挽小屋」があります。ここの五平餅と漬物はとてもおいしいです。一度お立ち寄り下さい。ただし、人気があって、昼過ぎには売り切れのため店じまいすることが多いので、お早めにどうぞ。

〜フロントマンのお勧め錦織風景 その二〜
  国道四十一号線名古屋方面へ向かい、西之一色町南交差点を右折、匠の森方面です。この道は、まっすぐ行くと清見村の藤瀬というところにでます。山の道を抜けて、突き当たりがせせらぎ街道という時、正面に開ける景色は絶品です。

<城山の散歩>
  城山は、高山市民のジョギングコース、子供たちのハイキングコースです。天領になる前に、高山を治めていた金森氏の城跡や、秀吉の家臣であった初代金森長近(かなもりながちか)の像があります。山そのものの紅葉は、赤い橋から見た方が全体柄として良いかもしれませんが、ぶらぶらと歩いて行って、どんぐり拾いなど楽しみながら、小路へ入るのも、これまた楽し。小路を進むと、少し拓けて東屋があったりするのです。私が好きなのは、「奥飛騨山娘」の歌詞を彫った石碑がある小路です。ハイキングの途中ここの東屋で、おにぎりを食べてひと休みするのが私の定番でしたが、この頃ちょっとご無沙汰です。
  運が良ければ、リスやノウサギに会えたりして、手頃な紅葉狩りも一生の思い出になるかもしれません。紅葉の見頃は十月下旬より十一月半ばです。

<国分寺のイチョウの木>
  国分寺の銀杏の木は大木で、枝葉は境内の空いっぱいに広がっています。毎年、いっぺんに黄色くなり、一朝に葉が落ちてしまいます。次から次へと落ち、境内は黄色いじゅうたんが敷かれたようになり、圧巻です。また国分寺の銀杏が散ると、雪が降ると云われていますので、毎年必ず町の話題になる銀杏ですが、ちょっと悲しい言い伝えがあります。その昔、国分寺建立のおふれにより、七重の塔建設を受け持つ事になった飛騨の匠がいました。大変張り切って仕事をしていましたが、或るとき弟子が間違えて、柱の寸法を全て短く切ってしまったのです。取り戻せないことになったと、苦悶する父の棟梁に、その話を聞いた娘の八重菊が、「枡組みを作って柱の短いところを補えば、飾りにもなります」と言ったのでした。それを聞いて、棟梁は喜び、すぐさま取り組んで、立派な七重の塔ができました。多くの人が塔を見て、すばらしい出来映えと言い、検分にきた役人にも枡組みの工夫を誉められると、棟梁は、娘のアイディアだと言い出せなくなってしまうのでした。そして、気にするあまり、あんなに可愛がっていた一人娘の八重菊を手にかけてしまいました。棟梁は、娘を寺の庭隅に埋め、その上に一本の銀杏の木を植えたということです。
  見上げると大銀杏は、懐深く広がっています。父の窮地を救った八重菊の優しい心に思いが広がります。(現在は三重の塔となっています。)


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飛騨びとたちからの便り@

<山中和紙  飛騨河合村 柏木昭人>
 鎌倉時代の頃から、飛騨で紙漉きが盛んになり、明治時代には、飛騨の中に二十四の紙漉き村がありました。その村々の中でも、一番山の中で生産された事から、山中(さんちゅう)の紙と呼ばれており、近年になって「山中和紙(さんちゅうわし)」と呼ばれるようになりました。
 山中和紙の特徴と言えば、冬に雪上で原料の楮(こうぞ)を自然漂白して、素朴な色、丈夫さなどを持った昔のままの和紙です。最近では、照明器具や壁紙等にも使用されております。
 現在飛騨和紙(山中和紙)の生産は、わずか二軒のみで行なわれ、その内の一軒が私のところです。
 私が山中和紙の後継者になったのは、十三年前で十七才の時です。それまでは、父が紙漉きをやっていましたが、前々からの病気が悪化し、私が高校を中退し、美濃にて、二ヶ月紙漉きを習い、家に戻って、紙漉きを始めました。初めは、なかなか上手に漉けず、苦労しました。苦労は引き続き今もしていますが、この頃は、この仕事の奥深さを実感しています。
 今後も、この仕事を続ける上で、苦労は多いと思いますが、自分ができる限り、山中和紙の伝統を後世に残して行きたいと思います。
 山中和紙を数多くの方に知っていただき、この和紙を好きになっていただけるように、心のこもった和紙造りをしていきたいと思います。

 柏木さんは、今年二児の父親になり、仕事にも一層力が入っているそうです。柏木さんには、河合村の「いなか工芸館」で会えます。河合村は、富山県との県境にあり、豪雪地帯としても知られています。冬の雪上で楮を晒す寒中の仕事は、身を切るような冷たい水、身が凍るような雪の中での事で、想像に余りあるほどつらいものだと思います。
 私は、柏木さんの和紙を名刺に使っています。厚みがあって、素朴な山中和紙の名刺は、相手の方にお渡しした後、必ず話題になります。山中和紙のあたたかみが、もっとたくさんの人に知ってもらえますように。

…… おかみ ……     

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飛騨びとたちからの便りA

<飛騨絵師  飛騨宮村 フィスコ・ワダ>

 
フィスコ・ワダさんにお会いすると、いつもとても暖かな気分になります。素朴な人柄と、優しい絵、そしていつも下駄ばきの飾らない姿に魅かれて、四枚の絵を描いてもらいました。
 飛騨の山野草たち、飛騨の山菜達、飛騨の渓遊魚達、飛騨のきのこ達、四枚の水彩画ですが季節変わりで掛けて楽しんでいます。
 また ワダさんが描かれた絵の木箱に入ったセラミック炭の脱臭ボックスも売店に置いてあります。ぜひご覧くださいませ。染色と織物をなさる奥様と共に、飛騨の暮らしを楽しむ達人でいらっしゃるフィスコワダさんに会いに行かれませんか。
 地図は、下の通りです。

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平成10年秋

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