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飛騨高山本陣平野屋 ブログ「飛騨高山から」

 平成11年冬 ―

火伏せの神様・秋葉様  飛騨高山・冬の旅  雪道の思い出  思い出(客室係 古畑)

火伏せの神様・秋葉様
 高山の町の中を、歩いているとあちこちで、ちょっと変わった小さな祠を見かけます。橋の詰め、道の突き当たり、曲り角、等、何かを祀ってあることは、わかるけれども、何も書かれていない。神社の様で、なんだか、存在感のある様子です。高山を散策中に、気が付かれた方もいらっしゃったでしょうか。
 これは火伏せの神様として、京都の愛宕神社と並んで広く知られる秋葉さまなのです。
 記録をたどると、享保20年(1735年)頃、度々の大火に見舞われた高山では、人々が不安になり、神の力に頼ったのが、始まりだそうです。秋葉さまをお祀りするようになりその後の大火でも、秋葉さまの祠だけは、焼け残ったことから、信仰が益々厚くなったようです。
 秋葉さまは市内あちこちに点在し、現在、その数約60社あります。社の様式は、4つに大別されます。
  1. 石垣で築き上げ、玉垣を巡らし、立石の上に奉安したもの。
  2. 道路に、大きな石を立て、その上に奉安したもの。
  3. 石灯籠や木製春日灯籠といって、1本の棒の上に祠を置いただけのもの。
  4. 人家の、主に2階の軒先に、通りに向けて奉安してあるもの(人家が密集しており、祠をお祀りする適当な場所がなかったため、止むなく軒先にあげたのだろう)
1.  2.  3. 4.
 創建時代を見ると、 享保から文政までの、江戸時代のもので、高山の町に、いかに、大火が多かったかを物語っています。
 市内のたくさんの秋葉さまの祭りは、今も受け継がれており、年に3度、正月、5月、9月とあります。火之迦具土大神(ほのかぐつちのおおかみ)と染めた幟等を立て、山や、海の幸の様々の神饌を供え、氏子が集まります。そして、神官により、神社祭式に執り行われます。
 また、例外として、近火があったときには、すぐに鎮火祭を執行するようになっています。
 私が生まれ育った家の近くの秋葉さまは、近所の家の2階の軒先にあります。1階の屋根の上に、ちょこんと通りを向いて社が置いてある様子は、やはり、特別な感じがします。
 秋葉さまを、お祀りする当番はひと月毎に、組の氏子の家をまわっています。岡持ちに入った一式を順送りします。
 当番に当たった家では、その月の1日と15日に秋葉さまの祠の掃除とお供えをすることになっています。祠は、道路に向かっているので、秋葉さまに軒先を貸している(?)家の玄関より、2階にお邪魔し、2階の秋葉さま専用の扉を空けます。ちょっと狭いですが、手を伸ばしつつ、当番の仕事を済ませることになります。
 近所とはいえ、月に2度、自宅の2階に人が入る家の人。順に送られてくる岡持ちを、大切に扱い、役目を果たす人々。
 それは、ただ単に秋葉さまのお祀りだけでなく、高山の人の素朴さや、目に見えない伝統を、黙々と受け継ぐ土地柄が、伺えます。
 町の中を歩くとき、秋葉さまに、気が付かれたら、足を止めてご覧ください。思わぬところで、高山発見ができるでしょう。
 秋葉神社のことを、親しみと尊敬をこめて、「秋葉さま」と呼ぶのも響きが優しく、高山らしくて良い感じです。

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飛騨高山・冬の旅

 冬の高山には、催物がたくさんあります。2000年の初めは、ウェルカム21イベントも、盛りだくさんです。ぜひ、お越しください。

<秋葉さまめぐり>1999年12月1日〜2000年3月31日
 市内各所の秋葉さまのうち、15ヵ所以上のスタンプラリーをなさいますと、記念品がもらえます。

<酒造巡り>2000年1月8日〜2月29日
 市内8軒の造り酒屋が、交代でそれぞれの酒蔵を、公開します。新酒の試飲と、記念盃プレゼントもございます。

<高山のひな祭り>2000年3月1日〜4月3日
 旧暦で、ひな祭りをする高山は4月3日がお祝いの日。約ひと月市内の各所に、お雛様が飾られるというもの。昨年は、私どもの雛さまも、皆様に見ていただきました。

<とくとくパスポート>1,500円
 冬期間のみの販売。市内17ヵ所の観光施設を、フリーパスで見られます。お食事どころの割引券も付いていて、お得です。

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雪道の思い出

 私が通った中学校は、町外れの丘にあり、歩いて小1時間かかりました。毎日、片道3キロの道程を歩くのは、たとえ、おしゃべり盛りの中学生でも、退屈なものであり、体力的にも、疲れるものでした。まして、寒い冬の道なら尚のこと。気を紛らわす様に、とりとめもない、いたずらをして、遊びながら、帰ったものです。
 通学路になっていた道の両側は田圃で、冬になると、真っ白に雪が降り積もり、誰も踏み荒らさず、きらきらと輝いていました。
 3人も並べば、幅いっぱいの道。おしゃべりしながら、歩いていて、端を歩く友人が、油断したら、「それっ」と、ばかりに、横にぶつかるのです。
 「ズボッ」と、音がして、1人視界から消えます。
 田圃に落ち、膝上位まで、雪に埋まって、うらめしげに見上げる友達の顔がおかしかったり、這い上がってきて、長靴の中にまで、入っている雪を振り払いながら、「ヤメテヨナー」と言う友達の後の長靴の跡に笑いころげたり。
 雪の中でのいたずらは、恨みっこなしの楽しいものでした。
 大人になってから、友達同士で、その思い出話になった時、みんなそれぞれ自分が一番落とされたと思っていたのには、大笑いでした。
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思い出  客室係 古畑美千代

 平成7年4月に、入社して以来私は、5回目の冬を迎えようとしています。今年も高校を出たての新入社員が、客室係に配属され、私も、先輩として、毎日を過ごしています。
 今、思えば、ただ、人と接することが好きというだけで、まったく何もわからない旅館業に、客室係として、入社した私。
 車の免許も、取り立てのほやほやで、自分のお金で、マイカーを買い、ドキドキしながらの通勤でした。
 着物の着付けの練習から、始まる一日。客室の備品類の確認や、料亭での準備など、何処に、何があるのかもわからず、仕事に圧倒されるばかりでした。気がつくと、着物の裾が、畳についてしまい、引き摺っていたことも、何度もありました。着物を着ると、使う筋肉も違うような感じで、自分の体でない様な程疲れました。
 先輩に面倒を見てもらいながら、沢山のことを覚えていき、一人前として、お客様を任されるようになるまでは、何度も挫けそうになりました。
 一度、どうやってお客さまに接したらよいか、わからなくなって落ち込んでしまったときがありました。
 その時、
「いろんなことがあるけど、みっちゃんらしくやろうね。みっちゃんは涙顔より、笑っている顔のほうが、いいよ。」
と、みんなに言われ、おもいっきり泣いて、気分を切り替えられました。
 1年が経った時、女将からの便りに、心境を書いてみないかと、女将さんに誘われて、掲載してもらい、お読みになった沢山のお客様から、声をかけてもらいました。励ましてくださる言葉ばかりで、本当にうれしかったです。
 この仕事で、良かったと思うのは毎年、私の顔を見に来てくださる方がいらっしゃることです。「また、来たわよ、元気だった?」と、声をかけてくださるとき、仕事を続けて良かった、と思います。
 つらいことも、もちろんありましたが、先輩やお客様に励まされ、教えられて、ここまで来ることができました。皆さんに感謝しています。
 私は、この度、結婚して、家庭に入ることになりました。平野屋の客室係として、働いた日々を忘れず、思いやりのある家庭になるように、新しい生活を始めたいと思います。
 今まで本当に有り難うございました。

○みっちゃんへ○
 足掛け5年、客室係として、勤めてくれた「みっちゃん」が、寿退社することになりました。
 入社したての頃は、不安げな顔で、心細そうに、ぽつんと立っていたみっちゃん。お客様と話す声も、心なしか震えていて、緊張のあまり、倒れてしまうのではないかと、心配しました。
 けれど、みっちゃんは、持前の頑張りで、毎日着実に人の心の察し方を身に付けていきました。
 そして、いつの間にか若い客室係たちのまとめ役となり、にこにこしながら、私の傍らに立ち、たよりになる存在に、育っていました。
 退職のお知らせは、本来、皆様にお話することではないと思いますが、たくさんのお客様に、とても可愛がっていただいているみっちゃんなので、この場をもって、お知らせしました。
 心からおめでとう。みっちゃんお幸せに!!

おかみより
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平成11年冬

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