本陣平野屋 総合トップページ English Page 本陣平野屋 英語ページへ
交通のご案内
本陣平野屋 花兆庵 飛騨高山 本陣平野屋 飛騨生まれ、飛騨育ち 女将からの便り
飛騨高山本陣平野屋 ブログ「飛騨高山から」

 平成12年夏 ―

思い出の夏  ありす亭 百菜  ちょっと一息  花兆庵 中庭の秘密

思い出の夏
 この夏、花兆庵がオープンして、7年がたちます。
 オープンした平成5年のあの夏は、あっという間の夏であり、そして、事あるごとに思いだす、決して忘れることのない夏に、なりました。

 ・・・あの夏の始まり、私たちの夢を吹き込んだ建物の外側ができあがり、内装の音が響く。オープンの日が近づいてくる中で、誰もが焦るしいらだっていた。工事に携わる人も、そうだったし、後の段取りで、手一杯になっている私たちも、焦っている。・・・

 備品の確認、搬入。人材の確保。やってもやっても、減らない仕事に、「一日はこんなに早く過ぎるのか」と、泣きたくなるような思いでした。
 子どもを追うようにして、学校へ送りだし、すぐに、出勤しても、あれよあれよという間に昼になり、夜になり、10時を過ぎる始末。
 食事を取ることも忘れ、館内中を上に行ったり、下に行ったり、走り回る一日。開店できるだろうかという、不安を、口に出す暇さえありませんでした。
 時間との勝負をしながら、お客様を迎える体制になったのは、当日の朝でした。
 ところが、ほっとするのも束の間、見渡すと、社員のスケジュールができていないことにびっくり。業務連絡がしてなかったのです。
 時間はもう本当にありません。オープン後の段取りについては、打ち合わせ皆無のまま、お客様の入り込みが始まったのです。

 1ヶ月間はモニターの方の体験宿泊だけ、営業するとはいっても・・・いくらなんでも、すごすぎます。
 驚いたことに、初日の夕食時になって、初めて、調理場と夕食の出し方についての打ち合わせを、していないことに、気づいた始末。連携も何も、あったものじゃない。「えー?それって誰が担当だったの?」
・・・とほほ。やっぱり私かあ。とにかくお客様に、迷惑をかけるわけにはいきません。それではと、次の瞬間、私はパントリーと呼ぶ配膳室で、たすき掛けとなり(もちろん、着物姿です)、お客様に出すための、食事の仕分けをしていました。
 「○○さん、次、これ持っていってね。」と、指示を出しつつ、酒の燗つけ、味噌汁つけまで。
 自分の段取りの悪さに、腹を立てながらも、だんだん夢中になっている自分がいました。自分で言うのも何ですが、仕事がリズミカルに動いていきました。育ってきた水の中ということです。
 お酒を、一升瓶から徳利に移すことなど、得意中の得意。裏仕事は、任せなさいという感じでした。
 そうやって、毎日毎日、夕食時はパントリーで仕切るうちに、少しずつ体制が整ってきました。そしてお料理はそのお客様の食事の進み具合によって、係がそれぞれ調理場へ取りに行くというスタイルができたのです。

 その頃のことを、皆、私がすごい大声で叫びつつ仁王立ちになっていたと言うのですが、そんな、まさか、オホホホ・・・・・・

 一事が万事、全て、その調子。かくして、怒涛の様に、営業が始まったのでした。
 こんなこと絶対無理・・・と思っても、一生懸命ブチ当たるうちに道は開けていくものですね。おかげさまで、7年という節目を迎えられました。
 あの一生懸命さは、今も変わらないつもりだけれど、あの夏の日に、帰りたくなるのは、なぜなのでしょうね。

上へ
ありす亭 百菜

 ご存知の方も、いらっしゃることと思いますが、10年余りにわたり、皆様にかわいがっていただいた、姉妹店「和蘭陀舎」が、「ありす亭 百菜」として、生まれ変わりました。
 飛騨牛ステーキハウスとしてのお店から、うまいもんやとして、にぎやかに、わいわい楽しんでいただくお店になりました。
 営業は、夕方の5時から12時まで。4種類の生ビールを置き、一品づつのメニューを、百ご用意しています。
上へ

ちょっと一息

<一升瓶の渦のなぞ>
 子供の頃、お酒の燗付け場にいると、そのプロ技を見ることができました。
 一升瓶のお酒は、まず、ちろりんという、三合ほどの計量カップのようなものに、移します。そこから徳利に入れていくのです。
 ちろりんを左手に持ち、いざ、酒を注ぐとき、右手に持った一升瓶を、勢い良く90度逆さまにいたします。
 そのとき、一升瓶の酒は、ぐるぐるぐるっと、瓶の中で渦になりながら、ちろりんに注がれるのです。そうすると、ポッチャンポッチャンとはねがあがりません。右手一本で勢い良く逆さまにするのがこつです。
 にぎやかな燗付け場の雰囲気とこの技は、子供ながらにとても楽しいものでした。
 一升瓶を片手に持ち上げ、渦を作れるようになった私が、得意気に手伝っていたのは言うまでもありません。
上へ

花兆庵 中庭の秘密

 外はしんしんと綿のような雪が、降っています。そんな日にも、ぜひ、花兆庵を訪ねてみてください。女将さんが出迎えてくれる式台(床暖房が入っています)から、ホールに入ると中央に、中庭が目に飛び込んできます。石のオブジェに花が活けてあり、そこに、なんと外の大雪に対して、ちらほら、風花のような雪が舞っています。
 「お客様のために、特別にこの演出を用意させていただきました」などと背後から声がかかります。ぼーぜんと、見上げていた人達は、この言葉で我に返ります。これは、6階からずっと吹き抜けていて、1階では3m×3m(4畳半)になっている空間は、花器にもなっている中庭です。この旅館の設計を担当させていただいた私が、今回、それを作ることになった経緯と秘密について、明かします。
 私は、学生の時から、高山が好きで、何度か訪ねていました。
 はじめて花兆庵の敷地を見たときから、高山の町屋によく見られるように中庭を中心とした構成がいいのではないかとイメージを持ちました。ご存知のように、うなぎの寝床のような町屋において、中庭は、プライバシー、採光、通風、雨水の処理を解決する知恵の宝庫です。でも、それ以上に魅力的なのは、表の座敷が見えたり、古い蔵に面するなど、いろんな風景が重層して見え隠れするその空間の奥行き感にあると思います。先日もお味噌を買ったお店の奥に中庭が見えたので、申し出て見せていただいたら、それは様々な蔵や、隣家の古い壁に囲まれたりして、大変魅力的な空間でした。
 初めて、設計の案を見せていただいた時から中庭のアイディアはありました。若い私を、現会長が直感で気に入って頂いて設計を進めることになりました。概ね、いたるところ、それは、本当に自由にさせてもらいました。お茶室が欲しいとか、1階のお店は、お寿司屋さんがいいとか、二間続きの本格的な客室があったほうがよいのでは、などなど。こちらが、イメージを膨らまして提案するものが、どんどん実現していきました。しかし、中庭だけは、現会長と現社長とともに毎回強く抵抗されました。
 「雪またじ(雪の処理のこと)は、どうするのか?昔は大雪が続くと2階から出入りしていたのに大丈夫か?ホールが狭いので1階はどうにかならないか」とか。
 大きな模型をつくり、何枚もスケッチで示しながらも毎回打ち合わせをする度に、中庭は小さくなっていきました。そして、風前の灯火のように無くなってしまいそうなまさにその時、
 「こういう遊びとデザインを理解できない人に、旅館は造れないわよ」と、女将さんが、なんと、啖呵を切りました。
 しばし、沈黙のあと、
 「うーん、わかった」
の会長の一言で中庭の案は息を吹き返しました。そして無事、あの素晴らしい生け花のある中庭が見られることになりました。
 その後の話し合いで、この庭は単なる中庭というのではなく、ロビーの中央にある「花器」と位置づけました。また、雪対策と「動き」をつけるために水も組みこんだのです。そして、何かを中空に浮かせたいとの思いから友人に相談しました。あらゆる試行錯誤の末、あの三日月ともマンモスの牙ともとれる素晴らしいブロンズ製のオブジェが出来上がったのでした。出来上がってみれば、大変印象深く、花兆庵の顔となりお客様を立ち止まらせ、興味を持っていただける空間となったのでした。
 次回はこの庭のオブジェを造ってくれた蝦澤さんにバトンタッチします。

石川雅英(建築家)アトリエイシカワ主宰
連絡先 E-mail: rvstone@mbf.sphere.ne.jp
  TEL&FAX: 03-3280-6038
  Address: 〒141-0021 品川区上大崎1−10−1
上へ

平成12年夏

飛騨高山の宿 本陣 平野屋 花兆庵 〒506-0011 岐阜県高山市本町1丁目34番 TEL.0577-34-1234
(c) Hiranoya Corporation.All right reserved.
本陣平野屋別館