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飛騨高山本陣平野屋 ブログ「飛騨高山から」

 平成13年秋 ―

「かみしも」のこと  この道より・・・  お知らせ  秋の高山みどころ

「かみしも」のこと
 テレビに出てくるお侍が、お城へ上がるとき、着ているものを、「かみしも」といいます。 
 「かみしも」という字を漢字で書くと、衣へんに、上と下と書きますね。

       「裃」(かみしも)

 さて秋祭りも近くなってきました。今回は、祭りを執り行なうための小道具のひとつ、「かみしも」のはなしをいたしましょう。
 高山祭りの祭り行列の中には、必ず、裃姿の男性達がいます。彼らがまとう裃は、祭りの衣装ではあるけれども、それぞれの自前の衣装です。
 高山の家々では、「かみしも」を持っているのです。信じられない方も多いと思いますが、礼服のひとつとして、高山では必需品なのです。わが家にも父の裃と、主人の裃があります。
 裃を着るのは、祭りの使役のひとつ、屋台警固員という役割になったとき、それから、神社の役員として祭りを執り行なうときなどです。ですから、高山の家々では、裃をいつでも出せるように主人の為に誂えてあります。
 江戸時代、高山を天領として郡代が納めていた頃、三町年寄の屋貝氏、矢島氏、川上氏達が、裃を着用して、代官所へ伺候したとのこと。これを発端とした、晴れの舞台としての祭りに、裃を着用することが、庶民の憧れになったようです。

 そのころ、祭りに裃を着ることが許されたのは、「家持ち」といい、自分の土地に自分の家を建てているもののみであって、借家の人や、地借の人は、裃は着てはいけないというきまりがありました。ですから、裃姿で、祭りの行列に出られることは、人々にとって、最大の喜びであり、最大の誇りであったのです。
 そしてそのまま習慣は受け継がれ、「家持ち」うんぬんということはいわなくなりましたが、裃の着用があるのです。
 日本中で、家々で自前の裃を持っている土地柄は、本当に珍しいのではないでしょうか。こんなところにも、高山祭りにかける高山らしさがあるのでしょう。
 そこで高山の主婦達は、祭りが近づくと、裃を出しておきます。祭りの当日、主人の裃着付けをするのも、その家の主婦です。祭りの日は、一日中裃を着ている男性のために、着崩れをしないような着付けをしなければならないことは、本当に気使いなことです。
 年い一度のことなので、どうしても着せ方のこつを忘れてしまっていて、出仕の時間が迫るのに、うまく着せれず、焦ってしまうのです。
 それでこのころでは、祭りが近くなると、呉服屋さんで、「裃着付け教室」が行われます。
 もともとは、家々に年配の主婦がいて、伝え継がれていくはずのものを、着付け教室で、こつを教えてもらうようになったこともまた、祭りを守るための縁の下の苦労なのかも知れません。

●●● 裃の着方 ●●●
1. 黒紋付きの着物を着せ、袴下帯という普通より帯幅の広い帯を締める。
2. 黒紋付きの裾の後ろをたくしあげ、帯に挟み込む。(足捌きをよくするため)
3. 上衣を肩から掛け、前の二枚の垂れを角帯の下へ挟み込んで、袴をはく
4. 袴の前のひもを、角帯が少し出るくらいの位置に締める。
5. 上衣の背を押さえつつ、袴の後ろをかける。
6. 袴の後ろひもを前ひもに絡ませながら縛る。
7. 結び目は十文字にする。
8. 上衣の後ろの仕上げは、左右三段くらいに襞をつけ形を整える。

 こんなふうに着付けるのですが、やはり格好よく着せることは、大変難しいことです。若い頃は、お腹の回りにバスタオルを巻き付け、胴を固定して袴を着せていたのに、年かさを増すにつれ、お腹が出てきて補正ナシで着れるようになったなどという話もよくあることです。

 今でこそ、刀の代わりに白扇をさしていますが、明治時代の頃は、祭りの行列の時だけは、脇差しを左腰に付けることを許されていたとのこと。しかしながら、祭りの時は、ただでさえもテンションが高いので、やはり危険なことが何度もあったそうです。それで、現在は白扇を刀代わりにするらしいのです。
 そんなわけで、裃にはなくてはならない小道具もたくさんあります。
 
白 扇・・・・・・ 刀の代わりなので、左に差す。
印 籠・・・・・・ 右側につける。印籠は帯の下から上に通す。根付けがあるので、落ちないようになっている。
 (今の時代に、印籠まで持っている高山の人の粋さ!)
一文字笠・・・ あみだにかぶらないように、少し前下がりに頭に乗せる。頭の上に直接笠がのると痛いので、日本手拭いをかませて乗せる。紐は、あごにかけてきりりと結ぶ。屋台組の台紋入りの笠もある。
杖 ・・・・・・・・ 年配者用の杖ではなくただの竹の枝のような華奢なもの。枝の上の端に付いている紐を手に巻いて右手にもつ。
履 物・・・・・・ 昔は、白の紙緒草履と決まっていたが、この頃は丈夫な婚礼草履を履くことが多い。

 祭りの日、裃を着て、集合場所に向かう男性達は、本当に誇らしげです。そして、それを玄関で見送る主婦達もまた、無事に主人を祭礼ごとに送れる喜びでいっぱいになるのです。

 今度高山祭りの祭り行列をご覧になるときは、ぜひ「かみしも」姿の警固衆にも注目してくださいませ。それぞれの家の家紋の入った裃を着ていますから・・・・・。

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この道より 他に我が道はなし

 今年もまた、テレビで台風到来のニュースをやっています。
 以前誰かが梅雨というシーズンがあるように、秋雨というシーズンがあると言っていましたが、本当にその通りですね。
 季節の変わり目は、雨つぶでページをめくるようなものだと思います。

 さて、私は身体が丈夫で本当に旅館業にもってこいだと、つねづね思っていますが、こんな私が雨の日に経験したことを少しお話しいたします。
 花兆庵がオープンして一年がたち、二度目の秋祭りがすぐそこに来た九月の終りのことでした。
 チェックアウトからチェックインまでの短い時間に家に帰ってきた私は、時間に追われながら、旅館に戻ろうとしていました。
折しも朝から雨・・・右手に傘をさして小走りに、すぐそこの角を曲がった時でした。
(つるっ!!)
 歩道に溜まった水溜まりに、足を取られたのです。
草履というものは、全くよく滑るもので・・・ぶつぶつぶつ・・・なんていってる暇もなく私の足は宙に浮いていました。
「危ない!転ぶ!」
その瞬間、浅ましいことに、
「着物が濡れる!」
と思ったのでした。そして傘を放って、尻持ちをつかないように右手を地面に・・・・・
「痛い!!」
自分でもびっくりするくらいの大きな声が出ました。
 右手一本で、支えられるわけもなく着物のまま転がった私は、恥ずかしさでいっぱいになり、すぐに起き上がったのですが、広がったままで転がっている傘をとることができません。
 余りの痛さに右手を見ると、右手は手首のところで、くの字に曲がっていました。
 血の気がなくなるのを感じながら、やっとのことで、旅館に戻り、私は貧血で倒れてしまったのです。後はそのまま病院に行き、入院でした。
 もちろん手首は骨折。二、三日後に手術をして、手首を固定するということでした。
 私は健康だけが取りえです。
 小学校の時には、スキー教室で怪我をして、ギブスをしたり松葉杖で学校に来る子がうらやましかったり、全校集会で貧血で倒れて保健室へ運ばれたいと思っていました。

 そんな思いが、今ごろ実現するなんて・・・・・神様は私のことを、やっぱりばちあたりだと思っていたんだわ。
うわ〜、えらいことになってしまった。

 少しずつ冷静になってきた私は、十日後に来る祭りのことや、毎日の業務のことが気になって仕方ありません。
 手術の次の日、肘から先をギブスして退院した私は、早速三角巾でつるしたまま、会社へ行きました。
 私のおっちょこちょいのおかげで、迷惑をかけてしまった会社の皆の心配そうな顔、顔、顔。
 自分の気の緩みを、深く反省するばかりでした。

 しかし落ち込んではいられないほどの、秋のシーズンの忙しさです。なんでもいいから出社してさえいれば、何とかなるだろう。そう思って、それから、右手を使えない中での仕事が始まったのでした。
 もともと、転んだらタダで起きたくないという私です。終わったら「プラスの収支決算」だったというのが理想です。
 おもしろがって進んじゃえ〜!
 まず、着物が着れないので、お客様の前に出てもサマになりません。そこで二部式着物ってどんなものだろうかと、着てみることにしました。これは帯がないので、ずいぶんと着やすいものでしたし、袖でギブスが大方隠れるので重宝でした。
 それから字が書けないので、ワープロを机に置きました。生まれて始めて打つワープロです。左手でポツポツとローマ字入力から始めました。こんなときだからと、やりかけたらおもしろくて、自己流ながらも、楽しみながら覚えていきました。これは後々、女将だよりの原稿書きや、パソコンに飛びつくときにも役にたちました。
 ギブスのまま、宴会場に挨拶に出たり、パントリーでお盆を持ったり、今考えるとずいぶん無茶なこともしていたのですが、毎日は、結構楽しくすんでいきました。

 そして二ヶ月が過ぎ、ギブスが外れた私は、通常の生活に戻りました。
 とんでもないことになってしまったけれど、無事に右手も動くようになりました。今回のことは、痛かったけど、決して無駄なことではなかったと思いました。
 オープン後一年が経った中でのマンネリと、そして自分自身のおごりの気持ちとを反省する良い機会でもあったのです。
 ともすれば、自分一人で苦労を背負い込んでいるとか、自分一人で何もかもやっているとか、思いがちな自分に、感謝の気持ちを思いださせてくれまいた。
 お恥ずかしいことですが、怪我の前には、
「みんな、私は使い減りしないと思ってんじゃないかしら。」
と、人知れずブツブツ言っていたものです。
 けれど、本当は違っていました。今やっていることは、誰が選んだことでもなく、自分が選んだことだということ。
 私は、旅館が好きで、仕事をやっているということ。
 そして私の回りのたくさんの人によって、私が支えられていること。
 つい、忘れていたようでした。(今もこうして書きながら、この夏どんなにブツブツ言って過ごしたかを、反省しています。・・・・・)
 何か事が起きないと、そんなことも分からない自分が情けないのですが、あの時の右手骨折事件は、私にとっての大切なターニングポイントだったのでしょう。
 あれから何かある度に、右手首の傷跡を見て思います。

 この道の他に我が道はなし

 私はやっぱり幸せものです。
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お知らせ

1.「中学生日記」
  NHKの「中学生日記」が、飛騨高山を舞台にして放映されます。私の娘たちが通っている東山中学校で撮影が進んでいます。主役の東山中二年生の男子生徒他70名が出演します。
 (うちの末娘の所属するハンドボール部も練習風景を撮影してもらったと喜んでいました)
 放映は9月23日 朝

2.連続テレビ小説「さくら」
  平成14年4月からのNHK朝の連続テレビ小説は飛騨高山を舞台にした「さくら」と決まりました。高山市民もとても楽しみにしています。詳しくはおかみたより冬号にて。

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秋の高山みどころ

9月 イ ベ ン ト 名 開 催 場 所
1日(土)〜
  23日(日)
鎮守の森めぐり 市内24ケ所
1日(土)〜
  30日(日)の土日
飛騨高山まちなみコンサート 市内各所
7日(金) 我楽多市 さんまち通り
上旬 匠市 大新町通り
15日(土)〜
  16日(日)
飛騨の味祭り 本町通り [平野屋前歩行者天国]
15日(土)〜
  20日(木)
飛騨、木のふれあいフェスティバル
 【グッドファニチャー展】
 【第12回飛騨のクラフト展】
 【第21回飛騨の伝統工芸品展】
 【第34回岐阜県木工デザイン展】
飛騨世界生活文化センター
23日(日) 車田の稲刈り 飛騨の里

10月

イ ベ ン ト 名 開 催 場 所
1日(月)〜
  31日(水)
ギャラリーのまち飛騨高山 市内各商店街
1日(月)〜
  10日(水)
紅葉の飛騨高山ライトアップ 中橋宮川
[別館の客室の窓からの眺めが絶品です。]
6日(土)〜
  8日(月)
木工からくり展 場所未定
7日(日) 20周年記念我楽多市 さんまち通り
[平野屋から徒歩一分]
9日(火)〜
  10日(水)
秋の高山祭 桜山八幡宮
20日(土)〜
  21日(日)
秋の高山祭り屋台特別曳き揃え 桜山八幡宮

11月

イ ベ ン ト 名 開 催 場 所
1日(木)〜
  4日(日)
飛騨高山産業まつり 飛騨高山ビックアリーナ
2日(金)〜
  4日(日)
紅葉のライトアップ 飛騨の里
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平成13年秋

飛騨高山の宿 本陣 平野屋 花兆庵 〒506-0011 岐阜県高山市本町1丁目34番 TEL.0577-34-1234
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