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飛騨高山本陣平野屋 ブログ「飛騨高山から」

 平成13年夏 ―

雨の日の思い出  朴葉のこと  本陣平野屋とぴっくす  「女将からのたより」のこと

雨の日の思い出
 雨の日の楽しみは、色とりどりの傘ですね。
 傘を選ぶ楽しみ等、もって生れたセンスがないのですが、それでも、少しでも気分の明るくなるようなきれいな色のものにしたいと思っています。
 しかし、どこにでもつい置き忘れてしまうので、値段の高い傘を買うことはしないと自分に言って聞かせております。

 さて、小学校の入学時は、ランドセルといっしょに、黄色い学童用の傘を買ってもらいませんでしたか。
 私の時は、黄色い傘も、大きい高学年用の物と、小さな低学年用のものがありました。私が買ってもらったのは、もちろん小さい傘で持ち手の所も小さい子用に小振りで丸っこい物でした。母がひらがなで、「ありすえりこ」と書いてくれたその傘は、少しオレンジがかかった黄色でした。
 話がそれて恐縮ですが、私は小さいとき、それはそれは気の弱い子供だったのです。
 幼稚園時代の私は、いつも泣きそうな顔をしてたよりなげに、ぽつんとしている子供だったのです。小さいので、いつも一番前で、先生の横に隠れるようにして写真に写っています。
 そんな私が、1年生になっても、やはり泣き虫で、内気なのは変わることがありません。雨の日の思い出は、そんなところから始まります。

●●● 近所のいじめっこ事件 ●●●
 あれはきっと雨上がりだったのでしょう。学校からの帰り道、私は傘をたたんで、ずーずーと引きずりながら、学校帰りの道を歩いていました。
 近所の子供からみると、小さくて気の弱そうな私は、からかうのにちょうど良かったのでしょう。3つくらい年上の男の子が後ろからやってきました。
 日頃から腕白で乱暴な言葉づかいのその子が後ろから来たことに、私の心はすぐに恐怖でいっぱいになりました。私が通っていた路地は、端に溝がありました。水深は3センチ位ですが、側溝の深さは50センチ位ありますから、落とされたらと思うと恐くて恐くてたまりませんでした。
 その時です!
 男の子がなにかしゃべりながら、寄ってきました。そして私の傘をつかんだのです。
 「ギャー!!!」
 もう私はパニックです。何を言われたかを確かめることもせず、傘も放り出して、ただ一目散に、家に向かって走りました。
 私の頭の中では、追いかけてくるのは、怪獣か猛獣です。泣きながら、叫びながら、走り続けました。
 家について、玄関で靴を放り投げるようにして脱いで上がり、玄関に一番近い風呂場の窓からそーっと覗いて、追いかけて来ないことを確かめてから、やっとそこに、座り込んだのでした。
 そして、ようやく傘を投げ出してきてしまったことに、気がついたのです。
 『 傘を放ってきてしまったことを母が知ったら、私は怒られるに決まっているし、取りに行ってこいと言われるに決まっている。それだけは絶対に無理。あの場所へ戻るなんて、絶対に無理。』
 そう思った私は、とにかく時間がたって、傘をどこで失ったか忘れてしまいたいと願うばかりでした。

黄色い傘 ・・・・・・この話、今の私からは絶対に想像がつかないと皆が言うのです。けれど、これは作り話ではない、本当の話なのです。だれですか。笑っているのは?
 いつからこんなふうになったの?って聞かれるのですが、そんなに私は変わったでしょうか。気の小さいところも昔のまま、恐がりなのも昔のまま。
 ただちょっと変わったかもしれないのは、自分を認めてやれるようになったことでしょうか・・・・・・

 さて話の結末はというと・・・・・・傘はその日の夕方、家の玄関に置いてありました。溝の中に落ちてしまった傘を、その子が拾い上げて届けてくれたようでした。傘は中も外も、べたべたに濡れていました。
 母は何も知らないで、「傘が濡れたら乾かしなさい」なんて言っています。
 私は、ほんのちょっと「ほっ」とした気持ちになってその傘を見ていました。

 その後その少年も私も、大きくなって互いがそれぞれ人の親になり、再会いたしました。
 私、一言。
 「おぼえとるんだからね。本当に恐かったんやで。」
 相手いわく
 「俺の方が恐かったんやぞ。傘を拾ってから、家に届に行く途中、おまえんちの親に怒られると思った。軽い気持ちで何か言っただけだったのに、一目散で逃げるんやで。あれ以来、おまえには近づかんようにしたよ。」
 「あれまあ、そうだったの。私は、またいじめられるって思っていたのに。なんだぁ。本当は恐くなかったのかぁ。あんたも私が恐かったんだぁ。じゃあ、おあいこだね。あっはっはっ。」

 そういって、すでに母親と呼ばれる身になっていた私は、恐いものなしの様に、高らかに笑ったのでした。・・・・・・おしまい。

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飛騨の生活 朴葉のこと

<朴葉とは?>
 ホウノキの葉のこと。
 モクレン科の一種で、全国の林に普通に見られるが、特に中部地方の山岳部に多い。
 高さは30メートルにもなる落葉高木で、葉は大きく、枝先に集まってつき、時には長さ40センチ、幅25センチにもなる。葉の形は長楕円形で、裏は白っぽく見える。
 ホウノキの花は枝の先端に1個、初夏に上向きに咲く。直径で15センチ位のその花は、白く芳香がある。ホウノキは、材質が柔らかく、均質で密なので、昔から良質の木材として、家具、楽器、下駄の歯にもされた。
 また広くて大きく香りの良い葉は、食べ物を包むのに用いられる。―以上小学館発行「四季花辞典」より―

◇ 朴葉の利用法 ◇
 高山の宴会時、いよいよ締めの挨拶が終わって、座がお開きになりますと、
 「朴葉持ってきて」と声がかかります。
 何だと思いますか。

 食べ切れなかった料理を、家に持って帰るのに何か包むものがほしいという意味です。その昔は、朴葉は、弁当箱代わりでした。
 朴葉は、殺菌作用があるといわれ、飛騨では、何かというと、朴葉に包む習慣がありました。
 新緑から、夏の間は、青朴葉といって、高い木の登って取って来たホウノキの若葉を使います。
 秋から冬、春にかけては11月の上旬ころ、山に入り、枯れて落ちている朴の葉を拾ってきたものを使います。
(注・拾ってきた朴の葉は、そのままだと保存が利きません。まず、熱湯消毒をします。その後、何枚かづつ束にして物干しロープにまたがせて干します。しっかり乾燥してから、湿気のないところで、保管します。使うときには、前もって水に付けておくと、燃えてしまわないのでよろしいです。)

◇ 朴葉を利用したもの ◇
1.朴葉みそ
 あまりにも有名で、いまさら、説明することもないほどです。
 枯れ朴葉の上にのっている味噌が有名ですが、青朴葉の時期の朴葉味噌も、香がよろしいです。
 また、朴葉の上に、最初にバターを薄く塗って、味噌をのせて焼くと食べやすくなります。
 それから味噌をのせた端っこに芋の煮っころがしとか、漬けもの等をのせても、こうばしく焼けて楽しいことの一つです。
 余談ですが、朴葉のない時は、電気こんろの上にアルミ箔の厚いものを置いて、それを朴葉代わりにいたします。電気こんろの代わりに、ホットプレートを使っても結構いけます。

2.朴葉もち
 つきたてのお餅を、一人前ずつ朴葉の上にのせ、半分に折って閉じます。熱い餅をのせるので、葉は、餅の丸みにそって閉じ、ちょうど貝の様な形になります。
 それを焼き網の上にのせて、焼きます。あんまり強火にすると葉が焼けてしまいますから、ほどほどの弱火で。じっくり待っていると、突然、葉っぱが、ぱっかり開きます。この辺も貝を焼くときと同じですね。開いたら葉っぱに気をつけて裏返しにしてまた焼きます。
 あんなにぺったんと引っ付いていた葉っぱとお餅が、ぽろっとはがれます。焼けたお餅には、葉っぱの筋がほんのり着いているはずです。
 食べ方は自由です。しかし、朴葉の香りを楽しむための食べ方が良いと思います。私はお皿にのせた白いお砂糖にお持ちを付けて食べるのが好きです。私の知人は味噌を付けて食べるそうです。うーん、これぞ、飛騨びと!!

3.朴葉ずし
 これは青朴葉のときだけです。昔、農家の方が、田植え等の一家総出の仕事の時に、昼ご飯として準備したものらしいのです。
 すしめしに、野山で採れた山菜を混ぜ、朴葉の片方に一人前ずつ盛り付け、その上に薄く切った鱒の切り身でものせたら、最高の朴葉ずしです。それをお餅の時と同じ様に半分に折り、少し重石をして、しばらく置きます。おすしは、食べるときに、やはり朴葉の香りがして、本当に初夏の味、初夏の気分になります。

 またまた、余談ですが、私はおすしを作るのが面倒なとき、炊きたてのご飯を塩だけで握って、朴葉に包みます。三角お握りにして、朴葉をぐるぐる巻いて置きます。熱いお番茶と、漬物を準備して、朴葉を開いて食べるときの幸せなこと。
 飛騨びとでよかったと思う瞬間です。

 このように、朴葉は、私たちの生活に密着した、葉っぱです。この頃は、朴葉ステーキとしてその香りを楽しみながら、お肉を焼くようにもなりました。
 たかが朴葉、されど朴葉。どうぞ皆様も、朴葉を使った味をお楽しみくださいませ。
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本陣平野屋 とぴっくす

1.営業活動いたしました。
 私どもは旅館ですから、旅行会社に出かけていって、パンフレット片手に、本陣平野屋の宣伝活動や、送客誘致をする営業という仕事もいたします。
 普段は、男性の営業マンのみで動いているのですが、今年は、そこに客室係が参加する日を作りました。
 旅行会社の支店さんで、「本陣平野屋デー」というのを作ってくださり、いらっしゃるお客様に湯茶の接待をしながら、私どもの宣伝をするという企画です。
 毎回、着物着用の客室係1名が参加することになりました。しかも、高山以外に行くのですから、まさに出張です。
   2月・名古屋
   4月・尾張一宮
   5月・京都
という具合に、これまで3回行いました。
 ドキドキの中での初めての試みでしたが、実際に平野屋を代表しての営業マンとなると、その難しさや苦労を新鮮な驚きとして、客室係も感じるようです。また、お客に「泊まったよ」と、声をかけていただき、うれしかたこともあったとのことでした。
 出張から帰ってきた客室係の顔が、明るく、達成感にあふれている事が、私の喜びにもなっています。

風鈴2.浴衣が変わりました。
 女性用の浴衣の柄が、変わりました。クリーム色の絞り模様の浴衣を作って、3年が過ぎました。
 そろそろ駄目になる浴衣も出始め、新しい浴衣を補充するときがきたのです。
 同じものを補充するか、新しいものを作るか、考えていましたが、お客様にいろんな浴衣を着ていただけたらと思い、新作オリジナルを作りました。今度は高山市の花、「コバノミツバつつじ」をモチーフにして、市松模様に作りました。
 柄いきは見てのお楽しみとさせていただきます。
 黄色い浴衣の時は、はりきりすぎて縫製を頑丈にしすぎ、ごわつくというお声もありましたので、今回はその点にも気を付けました。
 皆様の着心地チェックの感想をお待ち申し上げます。

 そうそう言い忘れていましたが、男性用は、変わりなしです。
 パリッとしてみえますので、亀甲柄のままです。しかし枚数の補充をたくさんいたしましたので、サイズについては、何なりとお申しつけくださいませ。

3.選べる浴衣やっています。
 夏の高山を浴衣姿で、散策したい・・・そんなご要望に答えて、いろんな柄の浴衣を700枚ご用意しました。
 浴衣は呉服屋さんで売っているような柄の物です。市販品と同じということですね。
 オーソドックスな紺色から、赤、ピンク、ブルーなど、本当にきれいな色が揃いました。柄もみんなが抵抗なく着れる古典柄の他、くれよんで書いたようなパステル画、または、ペンギンの柄まで、浴衣の数々を見ているだけでも楽しくなってきます。
ゆかた それに帯も4種類。一般的な反幅帯に、簡単な付け帯のいろいろ(帯をくるくる体に巻き付け、後ろに文庫になっている飾り帯を差し込むだけのもの)。
 その他目新しいものとして、「天使の帯」というものまで・・・(天使の帯は、オーガンジーのようなハリのある素材で作った兵児帯で、くるくる巻いて、結ぶだけ)
 浴衣を選んでいただく為の特別会場も、準備しました。そちらへお運びいただいて、ご覧いただいております。
 浴衣の仕入れ、飾り付け、会場準備、一番楽しんでいるのは、やっぱり私のようです。みなさんの喜んでくださる顔を見たいと思っています。
 今年は、どの浴衣も≪新品≫の浴衣ですので、どうぞ一度お試しくださいませ。
 浴衣姿の写真を撮って、ポストカードにして、差し上げます。

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「おかみからのたより」のこと

 高山市には、「市民時報」という新聞があります。週に3回、夕方配達のその新聞は、ほとんどの世帯が読んでいる高山の情報誌です。
 この紙面に、市民のリレー随筆という企画があり、たまたま私に回ってきました。あんまり難しい話は、苦手なので、肩肘はらず、楽しい話を書こうと私は、この「おかみからのたより」の事を書いたのでした。
 それが思わぬ反響で、市民時報をご覧になった朝日新聞さんや、岐阜新聞さんが、またおかみからのたよりを記事にしてくださいました。そして驚いたことに、市民の方々が、町で声をかけてくださったり、おかみからのたよりを所望してくださったり・・・それはおかみからのたよりの袋入りが、無くなるほどでした。本当にうれしかったです。
 ありがたい経験をさせていただきました。

 こうして好きな事を書いて、好きなように発行できるのも、読んでくださる皆様のおかげです。
 皆様のおかげで、続けて発行できます。心より感謝しております。

 女将  有巣 栄里子
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平成13年夏

飛騨高山の宿 本陣 平野屋 花兆庵 〒506-0011 岐阜県高山市本町1丁目34番 TEL.0577-34-1234
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