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飛騨高山本陣平野屋 ブログ「飛騨高山から」

 平成15年冬 ―

あの人は今  東京見聞録  社員が語る冬の思い出  冬の行事


あの人は今
 学校を出て、東京神田の山の上ホテルに就職した私は、「シェヌー」というレストランに配属されました。
 シェヌーとは、フランス語で、私の家という意味だと教えてもらったとおり、山の上ホテル別館地下1階のそのレストランは、アットホームな雰囲気でした。
 ランチの時間は、たいへん混みあい、テーブル数が50はあったと思うのですが、毎日、順番待ちの行列ができるほどでした。ランチは、洋食が3種類と、和食が2種類で、洋食には、食後に、デミタスコーヒーが付いていました。
 ランチの時間は、短い時間で、どれだけたくさんの人に食べてもらうかが、大事で、次から次へと、料理をお出しし、お客様とお話する時間等ありません。ともすれば、忙しさにまぎれて、お客様の顔を見ているようで見ていないといった日が続くのでした。
 そんな中で、いつも一人で、ランチにいらっしゃる男性がありました。スーツ姿で、めがねを掛け、7:3のヘアスタイルの40代後半の方でした。
 サラリーマンの方は、別に珍しくはないのですが、あるきっかけで、私はその人を覚えることになるのでした。
 その日、たまたまその方の席に、注文を聞きに行くと、
「食後のコーヒーは、いらない。」
と、おっしゃったのです。
 何気なく私は、
「それでは、紅茶をお持ちしましょうか。」
と、聞いたのでした。
「そうしてくれるとうれしい。」
それまで、笑顔を見せたことのなかったその方が、にっこり笑ってくださったのです。
 はりきって、紅茶を入れた私は、その日から、その方がいらっしゃると必ず注文の最後に、「紅茶ですね。」というようになりました。他には、ほとんどしゃべられないその方が、そのときだけうれしそうにうなづかれ、また、お帰りになる時に、私を探して、「ありがとう。」と、言われるので、私もいらっしゃるのを心待ちにするようになりました。
 そして、私が休みの日にいらっしゃると不便だろうと思い、同僚に引継ぎまでするようになったのです。
 さて、そんな私でしたが、いよいよ高山に帰ることになり、退社の日が近づいてきました。ランチにいらっしゃるあの方にも、「田舎に帰ります。」と言おうか言わないか、と思いましたが、なんとなく、言い出せないまま、結局退社してしまったのです。

 あれから、20年以上もたつけれど、毎日の中で、何とはなしにおもてなしについて思ったり、また、私と一緒に、働いてくれる社員の人たちのことで、考える時、いつも浮かぶのはあの時の光景なのです。紅茶を出す私、にっこりされた顔。

 私に、おもてなしの楽しさを教えてくださったあの方、東京の空の下、お元気でいらっしゃるでしょうか・・・一言お礼が言いたい・・・。

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飛騨のやまざる 東京見聞録

 今年もあとわずかとなりました。皆様にとっては、どんな一年でしたでしょうか。
 あいかわらずの毎日を過ごしている私の一大イベントは、9月の東京出張でした。
 9月の半ば、3泊4日も会社を留守にすることへの心配、そして、私にチャンスを与えてくれた人に迷惑をかけないようにできるかどうかという不安で、いっぱいの出張でした。初めてだらけの中の大きな一歩でした。

 みなさん、ご存知のことと思いますが、東京に京王プラザという、ホテルがあります。
 新宿にあるあの高層ホテルです。
 客室数は、1000室をこえるホテルです。大きな会議なども誘致されているホテルです。
 そのホテルでは、毎年「飛騨高山」をテーマに、季節フェアを行ってくださっています。東京−高山間を、京王バスと、地元の濃飛バスが、高速バスを運行していることもあって、京王プラザホテルでも、積極的に、飛騨高山を宣伝してくださっているのです。
 期間中は、ホテル内あちこちで、「飛騨高山」の文字を目にすることになり、飛騨高山に、ちなんだものをあちこちに飾ったり、紹介したりしてくださいます。
 今年は、飛騨牛を使った料理をホテル内のたくさんのレストランで、提供するということ。
 地元高山の工業高校の生徒さんが作った「匠龍台(しょうりゅうたい)」という祭り屋台を、メインロビーに飾るということ。
 高山の家具の製造メーカーのテーブルやいすなどを、展示されるということでした。
 そして、「和食レストランにて、飛騨の暮らしや、伝統料理などを話してくれる人を探しているのだけれど、有巣さん、どうですか?」と誘っていただいたのです。
 私は、いつものことで、あまり深く考えもせず、「は〜い、お願いしますゥ。」なんて簡単に返事をしてしまっていました。
 他でもない自分が生まれ暮らしているところの魅力を話すことなんて、なんでもないことのように思えたのです。所要1時間くらいで、といわれても「はい、はい、大丈夫です。」と答えてしまうところが我ながら恐ろしい・・・。
 これで、いつも後悔し、後で、たいへんな思いをするのに・・・。
 さて、7月になって、打ち合わせに、京王プラザホテルへ参りました。恥ずかしいことに、どこがメインロビーかわからず、うろうろ・・・ようやく、お目にかかった企画広報課の方・・・だんだん、ことの大きさがわかってきたような気がする・・・。
 また、広告用の私の顔写真が必要といわれ、
「飛騨高山フェアのことは、館内にて事前告示はもちろんのこと、会報として、京王プラザホテルの会員の方に、ダイレクトメールが届きます。また、新聞折込の広告が東京の各家庭に配られます。」淡々とおっしゃることに、聞きなおすこともできず、「はぁ、はぁ。」とうなずく私。
 京王プラザホテルは、首都圏内に、3箇所あります。新宿、八王子、多摩その各会場にて、3日間連続、八王子では、2会場ということで、合計4回のお話。
 日にちは、9月17日〜19日。
 テーマは、飛騨高山の暮らしと伝統料理、時間は1時間程度。各会場20名様。あれよあれよという間にとはこのことだなぁと変なところで納得・・・。
 さぁ〜。9月はえらいこっちゃ。

 しかし、そのまま夏休みに突入、考えることは先延ばしにしてしまいました。いよいよ9月に入り、タイムリミット、頭の中にあったものを整理する時が来ました。
 1時間、お客様が眠らない話をしたい・・・飛騨高山に来たくなるような話がしたい・・・そんなことを念頭において、話の組み立てを考えたのです。
 第1のテーマ「伝統料理」と改めて考えると、やはり金森宗和考案、宗和流本膳が浮かびます。日本料理の本髄です。しかし、現在では、飛騨高山の人々の暮らしからかけ離れ、供されることもなくなってしまったので、どうしても、文献や、人からの聞きかじりとなり、私の言葉で、話すことができないのです。
 また、お聞きになる人を思うと、難しい話の中にも、私たち庶民の飛騨の暮らしも話してもいいんじゃないかと、おかっつぁま(一家の主婦)から、引き継がれた家庭の味も、りっぱな伝統料理だと考え構成することにしました。
 そういう風に、範囲を広げると、話したいことが次から次へと浮かんできました。分類してみると、大まかに3つに分かれたのです。
1.婚礼、法事などの「家」としての面目や作法を第一に考えた料理
2.正月、祭りなどの年中行事に、ハレの日の「ごっつぉ(ごちそう)」の料理
3.山里の日常の暮らしの中で、暮らしの知恵とも言うべき、みそや漬物を使った、お惣菜
 さあ、ここまで来たらもう安心。枝葉をつけながら、話の内容を、膨らませていきました。
 そして、箇条書きにして、声を出して何度も練習しました。(結構、地道に努力をすることもあるのですぞ!)

 16日は、夜遅くにホテルに入り、17日、生まれて初めて八王子へ。
 早く着いたので、駅まで、コーヒーを飲んでいました。驚いたのは、バス乗り場の長い行列。ここは、学生の町だったのですね。
 京王プラザホテルは、駅のすぐ隣にありました。(ほっ(;^。^)≡3)
 スタッフの方の丁寧なお迎えを受け、控え室となっている和室へ案内されたので、もう逃げ場がなくなった感じでした。
 だんだんドキドキしてきて、落ち着かないのを察してか、ホテルの方々や、新宿から、来てくださった企画広報のMさんが、何気ない話題で、話しかけてくださいます。「では、お時間ですから・・・。」(きゃー)なんて、思う心を笑顔で隠しつつ、1回目の話に会場へ入ったのです。
 と、なんとそこには、いつも泊まりに来てくださるA様の奥様が、いらっしゃるではないですか。もうびっくりするやら、うれしいやら。急に、心強くなって、気分が落ち着いたのでした。予定通りの話ができ、A様ともお話ができたので、初回から、温かい気持ちになれました。2回目の話も、無事終わり、帰路に着いた私には、新宿の街が、なんだかホームグランドの様に、思えたのでした。
 さて、18日は、多摩へ。この日は、乗り換えがあったので、ちょっと心配でした。
 改札付近で、どれに乗ったらいいか、聞こうと思うのですが、東京の人はみな、忙しそう・・・早足なので、声がかけられない・・・やっとで聞いた人も早口でわからない・・・あーん。間違って乗ったらどうしよう。そう思って、掲示板を見ると、なんと各駅停車は、私の降り口「多摩センター」に1本でいけるではないか!よし、時間はあるし、これで行っちゃえ!!

 そういうわけで、私は、新宿から京王線で、普通電車にて、多摩センターまで行ったのでした。(後で、みなから笑われました。でも安全一番!)
 多摩センターに着いた私は、改札出るなり、立ち尽くしました。
「未来都市だぁぁぁ!!」
 モノレールはあるわ、陸橋みたいな大きな道はあるわ、近代的なおしゃれな町並み、はるか向こうには、パルテノンとかいう建物が・・・キティちゃんいっぱいのサンリオピューロランドもあって、未来都市という課題の図画工作で描いたような町、うわーこんな町本当にあるんだァ。どんな方が住んでいらっしゃるのだろう。
 京王プラザ多摩では、話の後、食事会で、私も仲間に入って高山の話の二次会といった感じになり、とても楽しいひと時でした。
 帰りは、ちょっと気楽になって、乗り換えをして、帰ってきました。行き先は、どれも新宿だから、安心安心・・・。
 さて、最終日、新宿。今日失敗すると、全て水の泡・・・そんなことを思って、初心に帰るように心がけました。
 京王プラザホテルの社長様や、総支配人様にもご挨拶し、なんだか普段の私とかけ離れてしまったような扱いを受け、余計に緊張しました。
 心なしか笑顔も引きつるなぁ、なんて思いながら、会場に入ると、なんと、どこには、いつもご来館くださって、気さくにお話してくださるH様がご夫妻で、お越しになっています。奥様は、いつものように素敵な笑顔で、手を振ってくださり、ご主人は、うんうんとうなづいていらっしゃる。1番前に座って・・・。(やはり気取らず飛騨弁で話そう。)
 新宿のお客様は、皆様行儀良くきっちりと私の顔を見てお聞きくださる方ばかりで、私も、最後の話なので、熱が入って、話を終えました。終わって挨拶していると、つい先月私どもへお越しになったばかりのU様もそこに。
 食事会場になった「あしび」というレストランでは、調理長さんが、私の話にあわせて、わざわざ高山祭りのごちそう「つけあげ」を、献立に入れてくださいました。みなさんからの評判が良くて、さすがと感心するばかりでした。
 そして、皆様を見送って、3日間の貴重な体験を終えたのでした。

 帰りの列車の中で、日程が無事終わったことを感謝しながら、私は、この3日間を「飛騨のやまざる東京見聞録」と名づけたのでした。
 皆さんの前で高山の話をする機会を与えてもらい、東京のホテルに3泊、企画担当の方の細心の心遣いに、夢のように毎日を過ごしました。東京での3日間は、その華やかさと、忙しさをもってして、「飛騨のやまざる」に、かけがえのないすばらしい思い出をくれたのでした。
 明日からは、また、いつもの顔で、旅館の中にいる私。やっぱり、飛騨高山が好き!!

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本陣平野屋の社員が語る・・冬の楽しみ、冬の仕事、冬の思い出

≪別館フロント≫
* 小学生の頃は、城山に、ミニスキーをしに行った。だれもいない奥まで、入って行って楽しかった。(松下)
* 子供の頃は雪が降るのが待ち遠しかった、空ばかり見ていた思い出。(角)
* 小学生の頃、雪玉合戦、雪の砦、靴がべたべたになっても、遊んでいた。家の屋根の雪下ろしを手伝うと、ジュースが飲めた。(平田)
* 学校の体育では、冬でも半袖、半ズボンで、寒かった。登校時には、霜柱を踏んで歩くのが楽しかった。(宮村出身/中井)
* 冬の楽しみは、コタツに入ってミカンを食べること、冬の仕事は、雪かきと、年末の大掃除。(洞口)
   
≪花兆庵フロント≫
* 冬は、スキー、絶対スキー。(伊藤)
* お客様の荷物を持って、両手がふさがり、滑って転んだり、お客様の濡れた靴を乾かし、喜んでいただいて、俺もいよいよ秀吉かと思ったり、冬のおもてなしもなかなか忙しいです。(牧野)
* 小学1年の56豪雪。2階の自分の部屋の窓から出て、学校に通った。家が雪に埋まっていた。冬の体育の授業は、スキー。スキーは、都会っ子には、絶対負けない。(荘川村出身/鈴木)
* 子供の頃は、かまくら作りと、スキー。今の冬の楽しみは、スノーボードです。今年は、車の免許を取って初めての冬、車の運転が怖いです。(白川村出身/大谷)
* 学校へ行く道、雪に埋まって見えない側溝によく落ちた。スキーは、板に長靴を縛ってすべるスキーだった。紐で縛るスキー靴もあったなぁ。(蟹江)
   
≪予約係り≫
* 子供の頃、正月には「煮いか」と「里芋と昆布の炊いたもの」が一人一人の皿に出た。1年中の1番の贅沢だった。今は、母から受け継いで私が出してます。(釜谷)
* 子供の頃は、家族で、コタツに入り、みかんを並べて針で釣る「ミカンつり」楽しかった。(武藤)
* 暖房のない座敷の雨戸を閉めて、祖父母と両親と少女の私は、黒い別珍の襟の半纏を着込み、コタツを囲む。花札が始まる。紙と鉛筆を、横に、角の丸く擦れた使い込んだ花札の感触、皆で時間を忘れた。子供の私は、それが楽しくて楽しくて待ち遠しかった。ほの暗い電灯と冷たいみかん、炭と灰の匂いのコタツ、雨戸を吹きつける暗い外は吹雪。隔離された世界のひとこま。(川上)
   
≪売店≫
* 母と兄とで、トランプしたり、かまくら作って遊んだ。すっごく楽しかった。(竹迫)
* こたつで「のくのく(あったまる)」するのが好き!クリスマスと正月があるから好き!冬の中で嫌いだったのは、屋根の雪下ろしの手伝い。(大岩)
* 雪が積もるとうれしくて、近所の子と、田んぼで、そりすべりをしたり、かまくらや、雪だるまを作ったり、遊ぶのに忙しかった。(小金坂)
* 子供の頃は、蒔ストーブで焼いた餅が美味しかった。スキーに行く時にも、餅だった。硬くなっても美味しい醤油のやきもち。のどかで楽しかった。(川上)
* 冬は漬物。私の母は、毎年冬になると近くの清水の湧く所まで行って、菜洗い(漬物用の野菜を洗うこと)していました。零度以下の寒さの中、漬物桶から、丼に出した漬物は、凍っていて、とても美味しかったです。(池本)
   
≪花兆庵客室係り≫
* 国分寺のいちょうの葉が落ちると雪が降るという言い伝えがありますから、その時期になると国分寺まで行って見ます。漬物は、昔ほど食べなくなったけど、漬物を漬けないと、冬が越せないような気がするので、やはり漬けます。(垣浦)
* 40年前は、2メートルくらい雪が降って、雪のほうが道より高かった。学校から帰るとすぐに、そりを持って山へ行った。(河合村出身/橋本)
* 学校の帰り道には、長靴の中に雪が入り、冷たかった。行き遊びの時に、ズボンが濡れると、いろりで乾かして、また遊んだ。雪が多かったので、迷路も作れた。(上宝村出身/田近)
* 雪合戦の時、相手の陣地との真ん中に、お菓子や宝物を置き、どちらが早く取れるかというオリジナルの遊びを考えた。ぐちゃぐちゃになって遊んだ。(苅谷)
* 子供の頃は、真っ赤なほっぺに、鼻水出しながら、夜遅くまで雪遊び。山を作って、ビニール袋をお尻に当ててそりをしたり、水をかけて凍らせてスケートしたり、降ったばかりの雪を食べたり、朝は、両親の一声で、学校へ行く前の雪かきが毎日続いた。(都竹)
* 田舎のばあちゃんのところに行くと、いとこが、大きなかまくらや、2階にまで上がれるような滑り台を作ってくれた。かまくらの中で、七輪で焼いて食べる餅は美味しかったし・・・。(井の口)
* 冬になると毎年、ブリキの大きな箱を引っ張り出す。中には、私の宝物、毛糸玉がぎっしり色とりどり、ゲージを作って、ストーブの前で、編みあみ、・・・母の丸い背を思い出すひと時。(横井)
* 子供の頃は、学校から帰ると真っ先に、コタツに、もぐってました。「おこた、おこた」といいながら、兄弟で、コタツの取り合いもしたけど、今は、兄弟それぞれの新しい家族とコタツを囲んでいます。(新婚ホヤホヤ/松田)
* 子供の頃、氷の張っているところがあると我先に争って割って歩き、道が、凍っていれば、スケート選手のように両手を広げて滑って遊んだ。家では、トランプとカルタで、楽しかった。(鬼頭)
* 家の屋根の大きなツララ、子供たちが幼い頃には、一緒に、スキーに行ったり、雪だるまを作ったりしました。懐かしいです。(鬼渕)
* 私が子供の頃、宮川は、今よりもっときれいな水でした。川べりに並んで、皆で菜洗いをしました。赤蕪の皮を、歯で剥いて、おやつ代わりに食べたのも美味しかった。(永井)
* 雪がたくさん降ったら落とし穴を作っていたずらした。雪に穴を掘って小枝でふたをし、また雪をかけた。最初はネコで実験した。(坂上)
   
≪別館客室係り≫
* ころいも(ちいさなジャガイモ)や、漬物を囲炉裏で焼いて食べました。漬物の菜洗いは、つらくて、必ずあかぎれが切れました。おじゃみ(お手玉)も作って遊んだものです。(阪井)
* 冬の楽しみは、友達と行く、温泉。この冬は編み物にも挑戦します。(山下)
* 水の冷たい時に、白菜や、赤蕪、大根を洗う「菜洗い」。つらいけど、囲炉裏の餅網の上に、朴葉を乗せ、漬物を焼いて食べるのは、とてもとても美味しい。(日置)
* 冬、祖母は、わらを打ち、縄をなって、わらじを作っていました。子供の私もみようみまねで、わらじを作りました。わらじを作りながら、祖母は、いろんな話を私に聞かせてくれました。(青山)
* 冬の日課は、雪またじ。後は、コタツに入って、おしゃべり、あみものかな。(高浜)
* 冬になる前に、朴葉を拾いに行ったり、杉の葉を拾いに行きました。お手玉も作ったし、おはじきもしたし、ばあちゃんの話をコタツで聞くのも楽しみの1つでした。(二村)
   
≪別館調理場≫
* 冬は魚がうまい!!(小笠原)
* 杉葉を拾って学校に持っていった。親に習いながらむしろを編んだり、わらぞうりを編んだり、芋ぼしの作り方も教わった。(下田)
   
≪花兆庵調理場≫
* 高山の人は、忠実に黙々と雪かきをされるので感心します。(島根県出身/藤原調理長)
* 子供の頃は、雪が多くて家の前のどこでもスキーができました。また、2月になると、田舎では名物の寒干し大根作りが始まります。(神岡町山の村出身/清水)
* 冬の飛騨と、飛騨の人がいうシャレは「さむい」。(田上)
* 高山の冬でびっくりしたのは、雨が雪に変わること。部屋の中のペットボトルの飲み物が凍ること。(徳島県出身/福本)
* 冬の高山は、出勤する時、長靴なので、驚いた。でも、スキーもスノーボードもできるから、僕にとっては良いところです。(兵庫県出身/山崎)
* 高山に来て1年半、雪のないところで育った私には、冬はつらい季節です。これから冬だと思うとちょっと憂鬱。(和歌山県出身/井上)
* 家が見えなくなるくらいまで、雪が積もるので、出勤前の雪かきが大変です。(古川町出身/後藤)
* 朝、屋根を見ると真っ白で、いよいよ冬だと思うとぞっとする。(荒木)
* 寒くなってくると、漬物を漬ける日や段取りが気になって仕方ないです。(川原)
* 父たちが雪をかき、道を作ってくれて学校に行きました。孫もいるこのごろでは、山の高いところから、孫が、スキーで降りてくるのを見るのが楽しみです。(村田)
* 親にみかんの箱でそりを作ってもらった。(杉山)
   
≪別館清掃部≫
* 富山生まれの私が高山に来て、初めて知ったのは、「赤蕪」でした。(菊山)
* 名古屋生まれの私は、冬でも竹馬してました。(森田)
* ミカンの皮をむいて、ひとかけらにし、針で釣り、口の中に入れて遊んだ。正月には、赤い下着と別珍の足袋を買ってもらってうれしかった。(大森)
* 正月の花餅は、最後に、あられにしてもらった。(詠み人知れず)
   
≪花兆庵清掃部≫
* 外では箱そりに乗って遊んだ。報恩講(親鸞聖人の入滅の法事)も、ごちそうが出るので楽しみだった。(池田)
   
≪すし兆≫
* 自分で作ったかまくらに腹がひっかかって入れなかった。みかんの入っていた網をかぶって遊んだ。(橋口)

みなさんの冬の思い出は・・・?

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飛騨高山 冬の行事予定

・秋葉様めぐり 12月1日〜3月31日
 場所:市内各所
 スタンプラリーに挑戦!
・酒蔵めぐり 1月8日〜2月29日
 場所:市内8件の酒屋
 市内8件の酒屋が、週代わりで、蔵を見せて、利き酒をさせてくれる。
・二十四日市 1月24日
 場所:本町・安川通り
 わら細工や竹細工の市でしたが、近年は、味の市も。
・氷の彫刻

1月24日〜
 場所:市内各所
 ライトアップもあり幻想的です。

・飛騨の里 ライトアップ 1月10日〜2月29日(午後5時30分〜8時30分)
 場所:飛騨の里
 冬の夜のお楽しみ。雪景色の合掌造り、飛騨の里をライトアップ
・乗鞍ウィンターカーニバル 2月14日・15日
 場所:朴の木平スキー場
 花火大会、たいまつパレード。
・飛騨高山ひな祭り 3月1日〜4月3日
 場所:市内各所
 市内各所にてお雛様をごらんいただけます。もちろん、本陣平野屋も今年も展示します。
・本陣平野屋ミニツアー 12月8日〜12日
1月12日〜16日
2月23日〜27日

 くわしくはこちらへ。
・本陣平野屋の夜長企画 12月1日〜2月29日の金・土・日(午後8時〜9時30分)
 くわしくはこちらへ。
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平成15年冬

飛騨高山の宿 本陣 平野屋 花兆庵 〒506-0011 岐阜県高山市本町1丁目34番 TEL.0577-34-1234
(c) Hiranoya Corporation.All right reserved.
本陣平野屋別館