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飛騨高山本陣平野屋 ブログ「飛騨高山から」

 平成17年秋 ―




屋台の台紋
 高山祭りが、もうすぐ始まります。
 あまりにも有名になってしまったこの祭りは、「動く陽明門」と言われる「屋台」が主役です。
 その屋台を、屋台会館で見られたことがおありと思います。
 また、お祭りにこられた方は、実際にゆらゆら動いていく屋台をご覧になったこともあるでしょう。
 今回は飛騨の匠による技の結集のような屋台に加えた、飛騨びとの心意気を紹介したいと思います。


●屋台の台紋
 
 高山祭りの始まりは、享保3年(1718)といわれていますが、屋台の創建はもう少し後だったと言われております。それぞれの屋台にはテーマがあり、競い合って作ったようですので、人々の思い入れも並大抵のことではなかったのは、前にもお話したとおりです。
 どんなに大事にされていたかというと、人の家には、それぞえ家紋があるように、屋台にも紋があるのです。これを「台紋(たいもん)」といいます。
 屋台の屋根は、黒の漆塗りですが、そこに貼り付けてあるのは、屋台の紋なのです。

 屋台の名や、屋台に乗せた人形にちなんで、作られたらしいのですが、よくご覧ください、とても素敵なデザインなのです。
 家紋のように、堅苦しくなく、とておおしゃれ。どこからこんな発想が飛び出すのかと、首をひねるほどのものもあります。

 まったくもって、素朴な、口下手な、そして、伝統を重んじる「飛騨びと」に、こんな感覚がどこにあるのかと首を傾げるほど・・デフォルメしたデザイン。
 台紋は、屋台の屋根、屋台組の提灯、屋台組みの衣装、台車などに使われています。
 次回、高山にこられたら。もう一度屋台会館で、ご覧ください。
 屋台は、見れば見るほど、たくさんの美しい発見があって、まったく感心するばかりです。
 じっくりと研究者の目になって、したり顔で見るのも楽しいかも・・・。


=春祭りの屋台=
 
神楽
 楽という字を崩して作った
三番叟
 鶴を正面から見た
麒麟台
 麒麟くずしといわれる
 崩し方不明
石橋台
 獅子の頭を二つに合わせたものか、又は一つを正面から見たものか。
五台山
 獅子の正面
鳳凰台
 鳳凰を崩した
恵比寿台
 剣蔓柏
龍神台
  玉と龍の図案
崑崗台
 鶴の正面の図案
琴高台
 鯉を正面から見た図
青龍台
 金森家の紋「梅鉢紋」
大国台
 大黒にちなんで、三槌。
 屋台の屋根には、一つ槌。
黄鶴台(現在屋台はありません)
 折り鶴を正面から見たもの

南車台(現在屋台はありません)
 ふくら雀の紋
 何からとったか不明

慶龍台(現在屋台はありません)
 慶龍を正面から見たもの

陵王台(現在屋台はありません)
 陵の字をそのまま使っている
 


=秋祭りの屋台=
 
神楽台
 宮本の文字をそのまま使う
布袋台
 からくりのブランコのことを綾というため、台紋もそのまま
金鳳台
 鳳凰を崩した。屋台の屋根には、紋でなく菊を使っている。
大八台
 大八という名のごとく、御所車を紋にしている
鳩峰車
 鳩を崩した
神馬台
 馬という字の崩し
仙人台
 仙という 字の崩したもの
 屋根には他の屋台のような飾りなし
行人台
 行という字を崩したもの。昭和44年の修理に、作られた。
宝珠台
 亀が屋根に乗っているので、亀という字の崩し
豊明台
 八万神社のご祭神応神天皇の幼名が「豊明の宮」であったことから豊明台という。台紋は、「豊」の崩し
鳳凰台
 鳳凰を崩したもの。屋台の屋根にはまた別の紋を持つ。
浦島台(現在屋台はありません)
  波を崩していると思われているが定かでない。

牛若台(現在屋台はありません)
 源氏の紋も笹りんどうの紋。橋弁慶という異名を持つ屋台だったので、法輪の紋も持つ

文政台(現在屋台はありません)
 文という字の崩し

舟鉾台(現在屋台はありません)
 碇の紋。屋台の別名をいかり台ともいった。
 



「そういえばこんなだった高山祭りの風景」

今はなくなった風景。
高山祭りの町屋風景。

 玄関以外の軒には、御簾をかけました。また、名家の玄関には、家紋を染めた幕がはってありました。
 この幕で、(○○チャンちは、古い家柄なんだな)なんて思ったものです。
 また、玄関の横に、榊をさした赤土を盛ってありました。
 この土は、神様の通り道のためのものでした。祭りが近づくと、近くの山に入って、きれいな赤土を採ってきて、軒先に盛っておくのです。

 祭り当日、祭り行列(ご神幸)の鉦の音「かんかこかん」が聞こえてくると、祭りのごっつお(ごちそう)作りに忙しい女衆が、玄関に出てきます。
 そして、ちりとりなどで、玄関の赤土をすくい、それを道路のまんなかに、まっすぐに細長く道のように撒くのです。神様の通る道を作ったのでした。それぞれの家の間口の分をそれぞれが撒くと順につながっていって、神様の通る道は、赤土の一本の道になりました。
 自分の家の間口の分を撒いたら、次は、道路に伸びた神様の道から、自分の家の玄関まで、枝道を作りました。もちろん、神様に自分の家にも、寄ってもらうための道でした。

 赤土を撒くことは、道路が舗装されるのにつれて、習慣が廃れてしまいました。


祭りちょうちん

 祭りの区域では、祭りの当日、ちょうちんが下げられる。
 ちょうちんを見れば、祭りの範囲がわかるし、また、ちょうちんの形や、書いてある字なども違うので、それぞれの屋台組の区域もよくわかります。
 ちょうちんも、棹も、傘もすべて屋台組のもの。祭りが近づくと各戸に配られ、祭りがすむと屋台と一緒に屋台蔵にしまわれあす。

 実は、このちょうちんを見て歩くのも楽しいんですよ。
 ちょうちんは、なぜか、秋祭りでは、カタチがそろってそろっています。しかし、春祭りは思い思いのカタチを作っています。
 また、ちょうちんに書いてある字も、それぞれに趣向を凝らしてあります。
 長ちょうちんにしているのは、(平野屋が属する「琴高台」の屋台組と崑崗台)
 昔、このとおりは、道幅が狭かったので、屋台が通るとき邪魔にならない細いちょうちんにしたらしいです。
 屋台の中で、一番面白いとんちのちょうちんは、川原町の崑崗台の「三安佳四」・・「見あかし」


「ハッピーバースデイ」という本のこと

 このごろ読んだ本。
 とても感動した本。
 夢中になった一気に読んだ本。
 なきながら読んだ本。
 家族中読んだ本。

 母親に存在を否定され、傷つき、声が出なくなってしまった女の子が、祖父母や兄に支えられて、元気になり、自分の存在を自分で認められるようになり、周囲を変えていく物語です。
 ついこの間まで、ベストセラーになっていました。

 読み始めたときに、
「これは、テーマの重い本だな」
 と、思いました。
 私自身が、母親としての子供に対する愛情や、振る舞いを問われているように感じたからです。
 子育てもひと段落仕様としている私には、「あの時こうしておけば・・」と思う後悔が山のようにあります。それをまた、掘り返すことはあんまりしたくないものです。

 本の冒頭は、母としては、本当に、身につまされて。
「 いやだなあ」
 と思っていましたが、主人公の女の子「あすかちゃん」が、自分を取り戻していく様子が、けなげで、また、祖父母やお兄ちゃんとのかかわりが、なんとも優しい気持ちにさせてくれました。

 読み出したら止まらなくなり、夜中の誰もいなくなった居間で、一人思う存分、泣きながら、一気に、読みきりました。
 自然に泣けてくる本なのです。
 翌朝は目がはれていましたが、深呼吸したくなる気分でした心の中を洗濯した感じでした。

 素直に泣けて、素直に感動できるそんな本。
 読書の秋。
 読みたい本が決まっていない方は、「ハッピーバースディ」をどうぞ。

ハッピーバースディ

青木和雄 作
吉冨多美 作

金の星社




高山市図書館「煥章館」

 上二の町にあった高山市の図書館が市役所跡地に、新築されました。
 さんまち通りの先の上り坂「えび坂」を上がると、左に100メートル。白い壁のモダンな造りの建物がそれです。
 もちろんバリアフリー。
 木の優しさが伝わり、そして最新の設備が整っています。
 一階には、学習室やビデオルーム。
 児童図書のコーナー。
 二階には、一般の図書、読書のできるパーソナルブース、が広がっていきます。
 高山のぬくもりがたくさんつまった図書館の中に、ひときわ存在感があるのが、「高山市近代文学館」です。高山に生まれた有名な文学者を紹介しています。
 一般図書との境界として、重厚なドアを開けると、そこはシックな色合いと間接照明の空間が広がります。中に入ると、滝井孝作の書斎なども復元され、飛騨にゆかりの本のコーナーなどがあります。

高山市出身の作家
   
代表作
滝井 孝作 明治27〜昭和59  
江馬 修 明治22〜昭和50 山の民
福田 夕咲 明治19〜昭和23  
早坂 ちよ (詩人) 大正3〜 キューポラーのある街

 私の大好きなこの場所は、おかみたよりの情報集めに行くところ。
 私の大好きなこの場所は、静かな時間をくれるところ。
 ささくれだった心が穏やかになるそんな気がする大事な場所。

 何度も高山にお越しの方には、ぜひ一度お出かけいただきたいと思うのです。



飛騨高山 秋の行事

・コスモス園開園 9月1日(木)
 場所:丹生川、ほほのき平スキー場
・我楽多市 9月7日(水)
 場所:さんまち通り(平野屋から徒歩1分)
・飛騨高山家具の祭典 9月7日(水)〜11日(日)
 場所:飛騨センター
・飛騨の味まつり 9月10日(土)〜11日(日)
 場所:本町通り〜平野屋前
・タイムカプセルを通って江戸時代へ

9月17日(土)〜10月30日(日)
 場所:市政記念館

・飛騨の里車田の稲穂刈り 9月18日(日)〜10月上旬
 野麦峠紅葉
・第25回ギャラリーのまち飛騨高山 10月1日(土)〜30日(日)
・紅葉の飛騨高山ライトアップ 10月1日(土)〜30日(日)
・我楽多市 10月7日(金)
 場所:さんまち通り(平野屋から徒歩1分)
・秋の高山祭り 10月9日(日)〜10日(月)
・飛騨清見ふるさと祭り 10月22日(土)〜23日(日)
・飛騨の里ライトアップ 10月28日(金)〜11月6日(日)
 場所:飛騨の里
・飛騨荘川ふるさと祭り 10月中旬
・飛騨国府特選館あじか祭り 10月29日(土)〜30日(日)
・丹生川宿儺まつり 11月3日(木)
・雫宮まつり 11月6日(日)
 場所:宮川



ふと思い出したのですが・・・運動会は、運動足袋を履きませんでしたか?

 小学校低学年のころ、運動会には、私、「運動足袋」というのを履いていました。私と同じ世代の方・・・おぼえていらっしゃいませんか?
 私の二つ下の妹も、履いたよといっていましたから、私が小学校3年くらいまでは履いていたのだと思います。
 長崎出身の主人も小学校低学年の時には、運動足袋か裸足で走っていたといっていました。
 あれは何だったのでしょうかあ。
 どうして足袋だったのでしょうか?
 学校に行くときは、ちゃんとズックでしたよ。足の甲の部分に、流行のアニメの絵が描いてあるアキレス靴のものでした。(母の実家がアキレスというメーカーの卸問屋だったのです)
 それなのに、運動会の運動足袋て何者?だったのでしょう。
 運動会には、足袋というのが・・・いまだに謎。
 だれか教えてほしい・・・。ちなみに、私は昭和3●年生まれです。
 あっ、言っちゃった!!

●余談その2
 夏号でもお話したように、長男に続いて長女も親元を離れたので、家には、高2の次女、1人になりました。
 そしたら、その次女がなんと夏休みの始まりと終わりの一週間ずつ、学校主催の合宿に行ってしまったのです。
 残ったのは40代の共稼ぎ夫婦。
 テレビをつけたら、後は沈黙・・・。

 私が帰るのを待っていて、
「今日はあーだった、こーだった。それでそーなった。」
 などと、弾丸のように話す娘達に食事をしながら、つきあうのだが、何年間もの習慣でした。長女がいなくなっても、次女が「今度は私の番」といわんばかりに、よくしゃべってくれます。
 それなのに「し〜ん」と静まり返った家。信じられない。家に帰るとあわただしく、やらなきゃいけないことがたくさんあったのに、ない!ない!ホントに、ない!
 あんまりつまらないので、
「さあちゃん(次女)が、いなくなったら、平野屋に住み込みで使ってもらおうかあ?」
 そんなことを口走って、主人に「俺の面倒は?」とにらまれたのでした。
 あ!そうでしたね

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平成17年秋

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