寿司・・・・・それは我が人生
すし兆 店長 森本 正洋
すしは新鮮が命……(山の中の高山の寿司)なんて、と思われるお客様があるかも知れません。でも、それは昔々富山から一日以上かけて、塩を一杯にふった魚を運んだ時代のことです。
今、高山から富山まで88キロ、時代にして1時間30分。毎日新鮮な日本海の魚が 入ってきます。
そればかりでなく、高山には寒い冬の風物詩〈蒸し寿司〉・節分祭の縁起物〈福巻き寿司〉・当すし兆自慢〈飛騨牛、焼き天然椎茸、お漬物のにぎり寿司〉等々高山ならではの寿司も沢山ございます。何処にあっても、美味しいものは美味しいもの。
すし兆の寿司こそ、高山の隠れた名物ではないかと思っております。
寿司の命が新鮮なネタにあるとは言うまでもありません。しかし、ネタさえ新鮮ならば、それで全てというわけにも参りません。良いネタをどう生かすか、いかに清潔さを保つか、お客様と対面し一言二言お話を交わす中で、お好みや気分を感じ取り、いかにベストの満足を味わっていただけるか努力する。それが私の仕事と思っています。
私ども、すし兆には場所柄か、観光客の方、地元の方、お泊まりの方などいろいろなお客様がおいでになります。
- べつに寿司屋に来なくても、と思うくらいよく飲まれる方
- 食いだめをしているのではと、思うくらいよく食べる方
- 何をしに来たか、と思うくらい良くしゃべる人
- いちいち講釈をつけなければ納得しない人
けれども殊に目立つものは、女性客が圧倒的に増えてきたことです。お客様全体の70〜80%位に達しているのではないかと思います。昔は寿司屋へ入ってくる女性は、男性客のうしろに隠れて、そっと入っていらっしゃいました。今は先に女性客が男性客を連れて入ってくるという感じが増えているように思います。
私にとって女性客は嬉しいお客様でもあり、苦手なお客様でもあります。嬉しいのは男性のお客様よりも反応がはるかにはっきりしているからであります。「わぁ、美味しそう」「わぁ、しあわせ」そうしたお客様の言葉こそ私にとって何よりのご褒美であります。
私は、高山の老舗の寿司屋に生まれ育ちました。私の我が儘から、30年働いた生家を離れ、転々としているとき、すし兆の話を頂きお引き受けすることになりました。
陣屋、朝市、赤い中橋、古い町並など沢山の観光資源が集中する高山一の観光スポットの中に位置する和風旅館。日本交通公社からは95年度サービス優秀旅館に選ばれた旅館、本陣平野屋花兆庵。その中にすし兆はあります。そこには、京都から名を知られた板場さんが参加して居られます。また、私どもの別館にも、あるいは姉妹店でもあるフランス料理とステーキの店 和蘭陀舎(おらんだや)にも素晴らしい調理長が腕を振るっています。
私も負けるものかと思っています。
私は時々頭に剃刀を当て、すってんてんにします。だらけているなと思ったとき、緊張感の必要を感じたときであります。これからも時々すってんてんにし、頑張っていきたいと思います。
寿司は
私の生きている証であります。
生きている限り、出来ればあと30年にぎり続けたいと思います。
そして80歳になったときには、何十人前というような仕事では負けても、お好みのにぎりなら誰にも負けない、お酒の好きな方はお猪口の方に口が寄っていくと言われるように、私の前に座れば、お客様の口が寿司の方に寄っていく、そんな寿司屋になってみたいと思っています。
あとがき
うちの社長はいつも難題を言います。
先日も、「俺は池波正太郎さんの本に出てくる京都の寿司や(松寿司)へいってきた。そこの親父さんはこう言った。『京都で寿司やいうんはうち一軒だけですんや』、『他さんは寿司やいう看板出していやはっても料理やはんの成れの果てですんや』と。そして涼しい顔して、一個のにぎりを半分に切って出し、『こうしな舞妓さんは食べれしまへんやろ』俺は負けたような気がした。面白くない。そのうち何かの小説に出るようにしろ。」と。 |